基本情報
著者:吉田誠治
出版:パイインターナショナル
発売:2020/07/20
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レベル:初心者向け
傾向:感覚・〇・・・理屈
<この本でわかること>
✓吉田誠治の世界観
✓背景、美術設定
背景画集としてストレートかつ、純粋なアプローチ

イラストレーター吉田誠治さんの画集です。描き方やノウハウではなく、見て楽しむ本となります。様々なイラストが設定とともにふんだんに盛り込まれており、ファンでなくても背景イラストや建物というジャンルでまるごと愛せます。吉田誠治さんの優れている点は建物や風景を単なる背景としてではなく、魅力あるイラストレーションのモチーフとして表現していることです。
これまでも複数の著書をヒットさせており、背景職人的としてだけでなく、教育やアートなど様々な面で評価されているクリエイターです。
本書の特徴は外観と内観に分けて作品を提示している所です。あるモチーフは、様々な側面から見ることによって情報の深みを与えます。例えば上のイラストには「憂鬱な灯台守」というタイトルがついており、左に外観、右に内観が描かれています。外観ではわかりませんが、内観を見ると、地下があることが説明されており、そこに関するストーリーも匂わせているのです。

モチーフには物語が宿ります。その世界の住人が何を考えているか、どういう環境だからこのような状態になっているかの設定がそれぞれに存在するのです。ページをめくっていると、そこの住人の息づかいや、匂いまでもが伝わってくるようで、著者がイメージを膨らませながら描いていることがよくわかります。
落書きでも、何かの設定を描いた経験がある方はわかると思うのですが、こういった妄想は本当にワクワクします。描きながらも新しいアイデアが生まれて、どんどん情報が増えていくのです。本書は読みながらそんな体験を味わうことになるでしょう。
世界観を構築するためには知識が必要

本書は画集として楽しむ事はもちろん、アイデアリソースとしても活用できると思います。本のネタをそのまま使うのではなく、発想の方法やスケールのさせかたなどはとても参考になるでしょう。吉田誠治さんと直接話すと、知識の広さと深さに驚かされます。色々なことを知っているからアイデアを紐付けて一つの世界観を構築できるのだと思います。私は画力と同じくらい知識が絵描きにとって重要だと思いますが、それを体現している作家です。

背景やコンセプトアートは、単にデッサンやパースを詰めるよりも、世界観の説得力のほうが重要になる場面があります。特に商業現場の場合は画力以外の要素が求められるでしょう。こういった高度なアプローチができるクリエイターは少ないし、本まで出してくれている方は本当に希少です。美術設定やコンセプトアートを学びたい方は、国内で手に入る貴重な本なので、是非読んで欲しいです。
繊細な筆致と技術
吉田誠治さんのイラストは一見してオーソドックスな背景画に見えるかも知れませんが、技術的にはユニークな手法なのだと私は考えてます。少なくとも最近のアニメの背景画などに用いられる時短かつ汎用的なアプローチではないと思います。彼の描画速度自体はもの凄く早いのですが、吉田流というか、空気感の作り方や筆致の置き方が独特です。デジタルツールを用いていますが、完成系は水彩画のような表現となってます。

このタッチの源流は、おそらく90年代や00年代のデジタル絵描きからくるものだと考えています。そしてCLIPSTUDIO PAINTではなく、Adobe Photoshop的な筆の残し方だと見ています。Adobe Photoshopのブラシは柔らかく、描き手のニュアンスを繊細に残すようなところがあると私は考えてます。これはなかなか伝わりにくい部分ですが、吉田さんの作品の持つ、暖かさや深みは強弱の絶妙な付け方によって生まれています。この技術は一朝一夕で身につくものではなく、長年の鍛錬のたまものだといえるでしょう。
一般層にもヒットしいる希有な画集

本書の帯にも大きく「10万部突破」とありますが、背景画集でこの部数は驚異としかいいようがありません。一般的なイラスト系書籍は6,000部程度から発行がはじまり、2万部超えるとかなりのヒット作になります。つまり、10万部を発行するためにはイラスト以外の市場にも刺さる必要があります。
同じ背景でも『男鹿和雄画集』であれば、スタジオジブリのブランドで訴求できます。しかし本書は吉田誠治オリジナルなのです。この企画でここまでヒットしているのは彼のクリエイティブ能力がすべてでしょう。出版関係者の方ほどこの凄さを理解していると思います。それだけ吉田さんのイラストやコンセプトが多くの方の心を掴んだということですし、絵の可能性を示したという意味でも素晴らしい企画になっています。



